とあるフットボーラーの肖像 - マシュー・ベナムの冒険 ~その1 FCミッティラン~



これから数回に渡り、現在進行系でフットボール界における勇敢な冒険を続けているマシュー・ベナムという人物について話をしていきたいと思います。

まず第1回目の今回は、昨年彼が買収したデンマークの小クラブ、FCミッティランについて。
次回以降、ベナムがもともとオーナーとなっていたブレントフォードFCの話をしていきます。
今回はGuardianさんの特集記事を下敷きにしています。



これはデンマークの小さなクラブであるミッティランが、ほとんど破産に近い状態からデンマーク・スーペルリーガの王者になるまでの、まるでアンデルセン童話のような物語である。


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今季、ミッティランはヨーロッパの舞台へ踊り出ようとしている。
チャンピオンズリーグ初参戦となった今季の予備予選第2回戦において、ジブラルタルのリンカーン・レッド・インプスと対戦し、トータル3-0で次のラウンドへ勝ち進むと、第3回戦においてキプロスのアポエルと対戦する。
もしこれに勝ち進めば、予備予選のプレーオフへ駒を進めることとなり、彼らの初めてのCL本大会出場に近づく。
「ぜひグループステージに行きたいね。高すぎる望みかも知れないが、それが最大の目標だよ」とクラブの筆頭株主であるマシュー・ベナムは語った。
(訳注:結果的にはトータル2-2で対戦を終えたが、アウェーゴールの差で敗退)

ミッティランは英国のフットボールファンにとって大きな関心事ではなかったが、マシュー・ベナムは少し前から彼らに興味を持つようになった。
この47歳のブレントフォードのオーナーは、スマートオッズという自身の会社にて一財産を築いた。
スマートオッズは数学的なモデルをフットボールの結果予測に持込み、そしてそのモデルは移籍市場やピッチ上でも応用可能であると考えた。

クラブのチェアマン、ラスムス・アンケルセンはベナムが620万ポンドで2014年の7月にクラブを買収してから起こった出来事を「お伽話」と表現した。
しかし、スペシャリストの導入や試合中の数値計測をハーフタイムの打ち合わせに持ち込むこと、そしてセットピースの分析はミッティランの新たなリアリティとなった。
DFのエリック・スヴィアチェンコは「マシューがX Factorだ。彼の資金はとてつもなく重要だった。しかし彼の数値計測や数学理論は我々にとってアドバンテージをもたらすものとなった。マネーボールみたいだね」と語る。


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2015年の5月、コペンハーゲン相手に2-0で勝利し優勝を確かなものとした試合ではスタジアムを埋める11000人もの観客が詰め寄せ、20歳の才能あるピオネ・シストが試合を決定づける素晴らしい2点目のゴールを奪った瞬間はめまいがするほどの雰囲気であった。
シストはそのスキルで相手ディフェンダー2人を置き去りにし、ペナルティボックスの外から逆サイドのゴールにシュートを突き刺した。

チームはよく組織された4-1-4-1で構成され、美しいワンタッチフットボールでプレーを行った。
しかし最も注目すべきはセットプレーからの攻撃である。
印象的なことに、彼らの昨シーズンのゴールの内、およそ半分がセットプレーから生まれており、その率はアトレティコ・マドリーと肩を並べるほどである。

その仕事の多くは、以前ハリー・レドナップ指揮下のポーツマスでプレーし、デンマーク代表としても出場歴のある助監督のブライアン・プリスクによるものである。
彼は数値やファイル、ビデオクリップを精査し、ルーチンを考案する「セット・ピース・ラウンジ」を管理している。
「ミーティングルームとピッチ上での数時間にも渡る努力、そしてスマートオッズのスタッツの利用によって成り立っています」とプリスクは説明する。

長身の守備的ミッドフィールダーであるティム・スパルフは、このミーティングが主要選手だけでなく、時にアンケルセンやベナムがSkype経由で参加してくることもあるという。
「ある時マシューは我々に、20年前のコーナーキックのYoutube動画を見せてきたことがある」と彼は語る。
「彼がこれほどチームに関わってくれて嬉しいよ。いかに彼が私たちに成功して欲しいかがわかる」

ミッティランはキックに特化したコーチとしてバルテク・シルヴェストルザクを雇い、U-14からトップチームへ連れてきた才能ある選手に付き添わせている。
彼は月に2度、各選手がどのようにボールを蹴るかを分析し、個別練習のプログラムを組み立てている。
フットボールでは珍しいかもしれないが、ラグビーのジョニー・ウィルキンソン(2000年代を代表するイングランドの花型選手)も同じようにキッキング・コーチを雇い練習に役立てていたという。

クラブはまた、試合に対してより客観的な視点を与えるために特注のスタッツを用いている。
スポーツ・ディレクターであるクラウス・スタンランはいくつかのテキストメッセージを見せてくれた。
それは、分析担当者がハーフタイムと試合終了後にコーチに送ったものだった。
その中には、両チームの「チャンス」と「ハーフ・チャンス」の数、そしてそれらのチャンス数に基づく「期待得点」が記されていた。

彼らの考え方はシンプルである。
フットボールは低スコアのスポーツで、多くのチャンスが運や審判の誤った判断で失われる。
それはすなわち、他のスポーツと比べて強いチームの勝利する確率が低いことを意味している。
よって、このようなデータは、試合の詳細をより正確に導き出す材料となる。


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分析モデルは、ミッティランの選手獲得にとっても重要なものとなった。
例えばある一定以上のレベルを持つ両足の使える左サイドバックで、年齢は22歳から26歳、現在怪我をしておらず過去18ヶ月の間にも怪我をしていない、という細かい条件から検索し、選手を探しだすことが可能となった。
データベースは、彼らに大きなアドバンテージを与えている。
「以前は一人のスカウトを雇い、その仕事時間の半分はコーチングをしてもらっていた」とスタンランは語る。
「今ではロンドンのスカウトチームが相応しいターゲットを探しだしてくれる。ハートを使うスカウトから、頭脳を使うスカウトに変化したのだ」

今夏彼らが獲得したのは、昨季リーグアンのナントで28試合に出場したデンマーク人DFのキアン・ハンセン、そしてオーストリア代表にも選ばれウィーンでプレーしていたウィンガーのダニエル・ロイヤーだった。
すべて彼らの数理モデルに基づいて探し出した選手だった。
この2選手には、今季どれほど活躍できるのか期待が集まる。
「全てが完璧なわけではない」とスタンラン。
「時に2+2が5という誤った結果になることもある。しかし、コンピューター『君』達は我々に新たな考え方をもたらしたのだ」

ブレントフォードのフットボール・ディレクターも務めるアンケルセンは、彼らが行っていることの情報開示にはバランスがある、と認めている。
「マシューは秘密裏に動くのを好むんだ」と彼は笑う。
「しかし同時に、我々がヨーロッパの中でも最もイノベーティブな2チームであることも同時に知ってほしいと思う。なぜなら、そうすることで我々はより良い選手と専門家を集めることができるからね」

スーペルリーガでも3番目か4番目に大きな予算を抱えるミッティランが、フットボール分析における代表的なクラブとなっていることには何の驚きもない。
しかしこのこの成功には、ベナムやスマートオッズ、フットボール分析よりも大きな影響を及ぼしたものがあった。
この英国人がクラブにやってくる前から、クラブの下地は着々と作られていた。
アカデミーの評判は高く、過去にもシモン・ケアーやウィンストン・リードを輩出している。
シストを含む才能ある若手選手たちは、スペインやイングランド、ドイツから獲得の関心を寄せられていた。
彼らは、昨年の夏の時点で既に良いチームであった。今は、より良いチームとなったのだ。


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選手たちはDVDやUSBを持ち帰り、家で宿題を行う。
健康に努め、シーズン中に酒や甘い物は摂取しない。
ブレントフォードからローンで移籍してきたモンテル・ムーアは、ドレッシング・ルームに甘い物が常備されていないことに驚いたという。ロンドンでは常にあったのだが。

ミッティランには心理学も導入された。
チーム最高のディフェンダーであるスヴィアチェンコは、マインド・コーチのレネ・ピーテルセン(彼はベナムより以前にチームに加入している)が大きな違いを生み出していると考える。
「彼は私を多くの面で助けてくれている」と彼は語る。
「19歳の時、私は自分に問うた。『自分にとってディフェンダーとしての根本はなんだ、私はジョン・テリーか?それともダヴィド・ルイスか?良い自分と悪い自分はいつ現れるんだ?』と。彼はその問について、助けてくれた」

ピーテルセンは色を使って選手たちを一つにした。
昨年、彼は選手たちに、お互いの色はなにか?という質問をした。
黄色はよりクリエイティブ。緑は他人を気遣う。青は骨組み。赤は何かを勝ち取りたいと考えている。
スヴィアチェンコは「我々は、自分以外の選手に色のカードを渡した。私が各選手をどう考えているかに基づいてね」と証言する。
「あれは本当に良かった。色分けの後、我々はチームメイトとのコミュニケーションの取り方を学んだ。皆本当に変わったし、役に立った」


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クラブを優勝に導いた、グレン・リデルスホルム監督が休暇明けに辞表を提出すると、クラブに激震が走った。
ベナムのやり方への不満よりも、スタンランとの不和が辞任の原因であろうと噂されている。
ミッティランはジェス・ソルプを登用した。彼は高く評価されているデンマークU-21代表の監督だったが、デンマークのフットボールライターは、クラブの傷は未だ癒えていないと語る。

アンケルセンは、選手たちだけでなく彼の分析チームにもより良い改善が見込まれることを確信している。
アンケルセンは語る。
「フットボールとは非常に保守的な世界で、より良い改善を行える多くの非効率が存在している」
「我々の旅は、まだ始まったばかりだ」

(校了)

※訳者がデンマーク語に通じていないため、人名などの読み違いがあればご指摘頂けると助かります。

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