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ルーマニアの2017年は、思いもかけない騒乱によってその幕を開けた。
2016年の上下両院選挙で大勝した社会民主党と自由民主主義同盟による連立新政権、そしてその首相であるソリン・グリンデアヌは、1月31日に汚職で逮捕された政治犯を免罪とする条例を可決した。その結果、ブカレストでは、ニコライ・チャウシェスク政権以来の規模となる抗議活動が行われた。
(参考:「500万円以下の公金汚職は免罪」とする法令にブチ切れたルーマニア市民50万人以上がデモ、チャウシェスク政権崩壊以来の規模に)
そのような抗議者たちの中に、ひときわ有名な男がいた。
粗野で議論の絶えない男、右派の政治家であり、そしてステアウア・ブカレストの現オーナーである、ジジ・ベカリその人だ。
ベカリやズドヴァルコ・マミッチは、他の東欧のフットボール界の権力者と同じように、今や絶滅しようとしているベルルスコーニ流を受け継いでいる。
豪奢を極めた浪費、自制とは程遠い性格、そしてその口から水のように自然に溢れ出す外国人嫌悪や同性愛嫌悪、女性嫌悪によって、ベカリはルーマニアではその名を非常に良く知られている。
彼はまた、アンチグローバリゼーション主義者でもあり、トランプ大統領への同調を隠そうともしない。「トランプが大統領になれば、神は黙示録をキャンセルする」と嘯く。
そのような男が政治腐敗に抗議することが奇妙に映るかもしれない。
彼がその富を手に入れた、不正に塗れた方法を思えば偽善行為と感じる者もいるだろう。
◇◇◇
1989年のクリスマス、ニコライ・チャウシェスクとその妻エレナが処刑された結果、ルーマニアは社会主義の泥濘より抜け出し資本主義と自由主義経済の地へ降り立った。
そしてその瞬間、かつて錠前師だった男の闘争が開始された。
ベカリはルーマニアに訪れた経済変革を利用し、海外よりブランドもののシャツやスーツ、ジーンズなど様々な種類の衣服を輸入した。また、タバコの仕入先となるトルコや、かつてはルーマニアと取引することのできなかった他国との輸入経路を開拓・構築した。
小売業で財を成した彼が次に参入したのは不動産業だった。
革命後、ルーマニアの経済状況が改善されるに従って住宅費は大幅に上昇し、不動産投資は金を生み出す木へと変貌した。数年で投資を回収し、ベカリの名は財界に轟くようになった。
1999年、彼は国防省と「土地交換」を行った。
この取引は、控えめに表現しても悪魔的としか言いようのない物だった。
ベカリはブカレストより北東へ15kmほど離れたシュテファネシュティ・デ・ジョスの21.5ヘクタールの土地を国防相に差し出し、ブカレスト市内のバネアサからピペラに渡る20.9ヘクタールの区画を受け取った。
ブカレスト市内の地価はその後飛躍的に増大し、頭打ちになったところで同業他社へ売り抜けた。結果的に、彼は巨万の富を持つこととなる。
しかし、後の調査によって、そもそも取引の時点では彼がシュテファネシュティ・デ・ジョスの土地を保有していなかったことが明らかになった。
土地を購入したのは国防省との契約書にサインした後だった。
また、国防省側も、その取引の時点ではピペラの土地を取引材料にすることが法的に不可能だった。前オーナーの反対に遭っていたためだ。
この取引において、国防省は600万ポンドの損失を被ったと算出されている。
いずれにせよ、政府による件の法案に対し抗議活動を行った男は、かつてこれだけの不透明な取引を行っていたのは非常に興味深いことだろう。
国防省と渡りをつけたベカリが、かつては軍のクラブであり、ルーマニアフットボール史上最も成功したステアウア・ブカレストとの関わりを持つようになるのはすぐ後のことだ。
長らくサポーターだったベカリは、共産政権下では欧州王者に輝いたこともあるこのクラブを再び活性化させるため、クラブの共同株主となる。
彼らは資本主義へと移行した後はルーマニア人のビジネスマンであるヴィオレル・パウネスクによって保有されていたが、多くの旧東欧圏の名門クラブと同じように不遇の時代を過ごしていた。
徐々に株を集めたベカリは、2003年末までに66%の株を保有するまでになり、クラブを掌握した。
ベカリは、クラブ買収について次のように語っている。
「私は金持ちになった。男は金を持てば、次に有名になろうとする。」
「だからこそ、私はステアウアを買った。そして有名になったのだ」
◇◇◇
国防省との不透明な土地取引は時を経て明るみになり、2013年2月にベカリは3年間投獄されることとなる。
それが、ステアウアの奇妙な混乱の引き金だった。
彼の服役中、ステアウアの名前とエンブレム、チームカラー、そして歴史に関して激しい議論が巻き起こった。
元々「ステアウア」という名前は国防省が保有しており、ルーマニア政府はその使用権が2004年で切れていると主張した。それに関連し、クラブのエンブレムやチームカラーにも肖像権があり、ベカリのクラブが使用することは出来ないと訴訟を起こしたのだ。
侵略的な株主や影響力の強い人間はこの混乱に乗じて利益を得ようと企み、ベカリのやり方で損失を被ったステアウアの元株主の捜索を、過去10年に遡り開始した。
長い法廷闘争、数多くの判決、そして両陣営の悪感情が火花を散らした結果、2016年12月に最終的な結論が出た。これ以上、ベカリのクラブが「ステアウア」というクラブの名前の使用は認められないというものだった。
この苦境は、結果的に、サポーターたちに微妙な選択を迫るものとなった。それは彼らがどのクラブを応援するか、決断を強いるものだった。
選択肢の一つは、「ベカリのブカレスト」を応援し続けるというものだ。
クラブには潤沢な資金があり、ルーマニアのトップリーグで優勝争いを繰り広げている。しかし、ステアウアという名前は使用出来ず、クラブの歴史も過去の栄光と断絶している。
または、軍隊の作る新たなステアウア、CSAステアウア・ブカレストを応援するか。そのクラブは、資金に乏しく下部リーグで苦闘を続けるだろう。
無作法だが極めて弁舌の立つベカリは、新クラブを妨害するため、新クラブと同じディヴィジョンの別のクラブを買収しそのクラブへ投資を行うというもはやコミカルですらある主張を堂々と行った。
彼の資金力は、クラブのファンの耳目を下部リーグではなく彼のステアウアへと惹かせるための重要な要素だった。最近になって、彼は1986年に欧州を制覇した過去の栄光を取り戻すため、さらなる投資を行うことをファンに吹聴している。
◇◇◇
しかし、野心を持つベカリにとって脅威的な存在が現れた。
それがFCヴィトルル・コンスタンツァ(Viitorul - 「未来」という意味だ)だった。彼らは2016-17シーズンのリーグ戦で、ベカリのクラブを差し置いて優勝を飾った。
オーナーにして監督は、かつてルーマニアフットボール界のアイコンであり、一度はベカリのクラブでも指揮を執ったゲオルゲ・ハジである。
2009年にルーマニアの東海岸で創設されたヴィトルルは、この数年間で急激な成長を遂げ、3部リーグから一気に国内王者へと駆け上がった。
ゲオルゲ・ハジ・フットボールアカデミーを母体に誕生したヴィトルルは、ウエストハム・ユナイテッドを手本とし、南東欧で最高級の若手育成プログラムを構築した。
彼らはアストラやクルージュとともに、ルーマニアのトップリーグに競争性を保たせている。
ヴィトルルとハジにとって、昨シーズンのリーグ優勝と今シーズンのチャンピオンズリーグ出場は、クラブをルーマニアの新たなトップクラブへと押し上げる契機となるだろう。
そしてヴィトルルの躍進は、皮肉にもベカリのクラブのサポーター達の視線を、下部リーグに所属している「真のステアウア」へと向けてしまう爆弾ともなるかもしれない。
ブカレストの街中には「CSAが真のステアウア」という落書きが散見される
ベカリのクラブの名前が不確定なまま数ヶ月が経過した頃、クラブより最終的な発表があった。かつてFCステアウア・ブカレストだったクラブは、新たに「FC FCSB」へと生まれ変わった。
名前自体は混乱を招くものだが、ベカリの抜け目無さの現れでもある。
この名前は、現在だけではなく、来るべき「真のステアウア」からの法的圧力をかいくぐるためのものだ。公式ではステアウアは名乗らない。しかし、ルーマニア国内の誰もが、SBとは何の略なのかを知っている。
さらには、SBは「ステアウア・ブカレスト」の他に「スポーツ・ベカリ」の二重性も併せ持つ。裁判係争の最中、彼自らの口から「この名前にしたい」と語ったクラブ名だ。
自らのブランド戦略に長けたベカリならではのやり口というわけだ。
◇◇◇
結果的に、ソリン・グリンデアヌ新政権は2017年6月に崩壊した。
与党側の議員からの内閣不信任案が承認された為であった。
その議員たちの行動を裏付けたものは、ブカレスト市民の怒りだった。
翻って、ベカリはどうだろう。
「名前など重要ではない。85%のサポーターが私を支持してくれる」。彼はそう語る。
しかし、彼の数々のモラルに反した行動・言動に対し、かつてのサポーターたちが愛想を尽かす可能性も全くのゼロではない。
金と成功で、サポーターの心をつなぎとめることが出来るか、否か。
今後、彼のプロジェクトの成否は歴史が物語ってくれるだろう。
(校了)
※参考:Owner and Army Fight for a Soccer Club’s Name(NY Times)
コメント
はじめまして。懐かしい映像を見つけました。
返信削除1995年のベルルスコーニカップでのミラン対ユベントスです。
バッジオ、ジョージ・ウェア、デシャンがいます。
https://www.youtube.com/watch?v=SNySdezo7cs